◆創業明治17年
創業は明治17年、最初は砂糖、小麦粉の卸からスタート。明治20年に石油類の販売を開始。明治35年から金物類の販売を始めている。今の社長で7代目。砂糖、小麦粉の商いはもう辞めてしまった。
◆北前船の船頭頭
昔は北前船の船頭頭(せんどう・がしら)をしていたらしい。その後、日吉丸という船を使って、柳田の炭や瓦を積んで、氷見や高岡に持っていっていた。海が荒れて、瓦を割ったことがあったと聞いている。
商売らしい商売を始めたのは、砂糖、小麦、小豆などを、珠洲から羽咋以北までのお菓子屋さんに卸すようになってから。七尾の店にも常時置いていたし、店頭でも販売していた。相場によって価格変動するので、商売としては厳しいものがあったようだ。

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◆トロッコ線路は盛んな商売の名残り ただし、線路を敷いたのは、じいさんがいい年になって、仕事が大変になってきた後のこと。だからせいぜい昭和のことではないか。町の皆さん、明治ぐらいから敷いてあるように言われるが違う。線路は途中で代えている。使っていればやせてくるもの。
今でも、家の中で下駄を履いたり草履を履いたりしないといけないので、生活する上では面倒くさい。
今でもトロッコを使っている店の話は聞いたことがある。岐阜県岩村町の造り酒屋・岩村醸造のことかな。
◆100年以上経つ建物
建物は100年以上経っている。祖父が子ど ものころに直したと聞いている。その祖父が生きていれば百歳ぐらい。
線路は店の裏の道路を越えて、土蔵も越えていた。土蔵の奥は港の近くまで通じていたはず。宇出津の新町というのは埋立地。駅前まで海だった。◆加工まで行う
現在は、建材、トタンやカラーベストなどをやっているの。松下電器の代理店もしている。クボタと松下が合併して作っているカラーベストやサイジング、雨樋を、主に七尾で扱っていて、この辺りの建材屋さんに卸している。
0コンマ何ミリの薄板、カラーコイルなどをカットして波付けして、外壁とか屋根材などに出している。銅板、鉄板も、二次製品に加工して出している。
◆事務所としての機能
ここでやっているのは事務だけだが、七尾の建材の事業やガソリンスタンドのことも、全て管理している。町内の人もここで何をしているか、よくは分からないのではないか。
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