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本木の人々が守ってきた祠。
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■本木という地区
「本木」(ほんき)という地区は、どうも話によると8つの班があった。その8つが合併して、本木という村を作った。
各班でお宮さんを持っていたのも、合併して一つにした。普通のお宮に行くと、光る鏡が一つしかないが、それでここの宮には8つあるのではないかな。
少ない集落は4、5軒。ここで12軒ほど。4、5軒でお宮を持っていたというのもすごい。祭りのキリコも8本出たことがある。
「本木」という名前の由来はよく分からない。田圃と山が中心だった。
■武田信玄ゆかりの木戸集落
武田信玄の末孫やと言われている集落が、「木戸」という集落なんやて。そこには家が4軒あるけれど、全部「武田」や。武士の武に、田圃の田。武田家縁りの家と聞いている。
■釣鐘淵
その集落から川一本挟んだ山の上に、お寺があった。今でも基礎が残っているみたいやけど。
そのお寺にあった釣鐘をとって、下の川にほった んやと。ちゅうことで、釣鐘淵という地名が川の中にあった。そういう言い伝えもある。
そのお寺は燃えてしまった。その釣鐘淵を私が道路改良で掘ったわけや。そこから、「釣鐘は出てこんか」と騒いだけど、全然出てこんだ。そのお寺は今は乙川にある。 |
■伝説のくすり水
ちょっと離れたところに池がある。昔の人達は「くすり水」と言っておった。
私も子どもの時に足に「くさ」ができた。ある時、ばぁちゃんが俺を連れて遊びに行った。俺が3歳か4歳の時分かな。
「足にくさができているが、何かならんか」と言うたら、「私がお経をえがるから、そこの水を汲んでいって、足を洗ってあげれば、直る」と。それで、直った覚えがある。そこの井戸水が良いのかよく分らんけどね。
 くすり水の物語が伝えられる井戸。
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■地蔵さんは厳しい
地蔵さんはものすごく厳しい。魚などは絶対そこで食べたらいかん。
ある時、魚を担いで売って歩く人が、あがってきた。誰もおらんものだから、あそこで休んで、御飯を食べたら動かれんようになったとも言う。
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